2002年10月

シュラスコ料理 バルバッコアグリル

昨日は友人達とお食事会をしました。
場所は表参道のバルバッコアグリルというシュラスコ料理のお店です。シュラスコ料理とはすなわちブラジル料理の一つで、昔一時期流行って話題になったものですが、牛肉を主食としているブラジル料理らしく、ステーキが5~6枚くらいくっついた肉の固まりが1メートルくらいの串にざくざくと指してあって、サーバーの人がそれをテーブルまで持ってきて、お皿の上でスライスしてくれるというもの。

このお店は食べ放題なので、もっと、もっとと言えば、いくらでも持ってきてくれる。店内は日曜日ということで割と賑わっていたけど、ブラジル人とおぼしき外人の姿も少なくない。あの辺に住んでいる友人曰く、外人にとってそこそこの値段でお腹いっぱいお肉が食べられるところは、そんなにないのであのお店はお腹いっぱいお肉を食べられる(そして、質も悪くない)お店として有名らしい。

前回行ったのはたぶん3、4年前なのだが、その時はもっと食べられた様な気がしたので、やはり年齢で食欲も落ちてきているのかな、などと感じた。10代、 20代はお肉が大好きだったが、最近はステーキとお寿司どっちを選ぶ?と言われたら迷わずお寿司を選んでしまうだろう。その他、最近はアジア料理がどんどん普及してきてそっちに気を取られていたりして、アジア料理は基本的にはお腹に優しいメニューなので、大きな肉の塊などを食べることはなくなって久しかったのでした。

料理もおいしかったので、このときとばかり食べてしまったが、お腹がもたれました。お腹がもたれる感覚なんて久しぶりだ。これはランチで行ったのですが、その後家に帰ったら母に「握り」があるんだけど、と言われて、トロとカンパチの握りが出てきてしまった。表参道から帰るときはもう今日は夕食抜き(って言うか、絶対これ以上入らない!)と思っていたのに、いざ目の前にすると、やはり欲が出て5巻程食べてしまった。

そうしたら、不思議なことにもたれていたお腹が落ち着きました。やはり、私の胃も日本人の胃袋なのだな、と勝手に納得していました。とはいえ、今日は完全に消化不良で、胃の調子が悪い。暴飲暴食ができなくなったのだなあ、としみじみしていたのでした。

なのに、反省していたのは昼間だけで、夜は夜で同僚のFさんが退職するのの送別会で、韓国料理をたくさん食べ、マッコリ(韓国のお酒)もしっかり飲んでしまった。我ながら丈夫な胃袋に感謝。って言うか、そんなに食べ続けると太る!


  

日本の電車、イギリスの電車

先日、山手線に乗った。噂で新しい車体で走り始めたと言うのを聞いていたのだが、実際に乗ったのは初めてでした。ポイントは今までドアの横の上部両側に13 インチ位の液晶がついていて、天気予報だとかニュースだとかJRのCMだとかを流していた。今度はドアの上に画面がもっと大きくなった液晶が二つ並んで着いている。大きさは17インチくらいあるのかな。

左側の画面では、従来通りの文字情報&CM。そして、右側の画面は到着駅などの案内である。これがまためちゃめちゃ親切な作りである。まず、次の駅は何駅。これは当然表示される。次に止まる駅が例えば渋谷だったら「渋谷」「シブヤ」「Shibuya」と出る。その後は、山手線の全駅が載った丸い路線図が表示され、それぞれの駅の下に今からその駅に到着するまでの時間が表示されている。

例えば、品川から渋谷方面に乗ると、大崎駅2分、五反田駅5分・・・渋谷駅15分(正確な分数は忘れた)と表示されるのである。さすがに表示されているのは円の半分くらい行った駅まで。それ以上は逆回りで行く方が早いと言うことだろう。それを見ると、ああ、渋谷までは15分かかるんだな。と言うことが分かる。

そして、次の大崎駅に到着すると、その円の表示は一駅ずつずれて、五反田駅3分、目黒駅5分と表示される。もちろん英語でも表示されるので、海外から旅行に来た人たちなどにはとてもわかりやすいだろう。東京の交通機関というのはたとえ日本人であれ、他の土地から来た人にとっては複雑きわまりやすいらしいので、こうしたガイドがあればかなり助けになるだろう。って言うか、純東京っ子の私でも迷うことはあるから当然だろう。

まあ、とにかく親切なんです。かゆいところに手が届きそうなサービス。中にはは過剰だ!って言う人もいるだろう。私は、この親切極まりない液晶パネルを見て、イギリスの電車に乗ったことを思い出してしまった。だいたい、イギリスに行った人は経験あると思うが、なんだかイギリスの電車はルーズだ。(イギリスと言う国があまりルーズな印象がないため、余計に印象に残る。)

まず、時間通りに電車がこない、は朝飯前。その他、私が体験したのは、
・A駅行きの電車に乗ったつもりだったのに、途中のB駅で急に「この列車は当駅止まりです」となって、見知らぬB駅に降ろされて、A駅方面の電車はこちらです、と言われる。(でも、その列車はなかなかこない)
・A駅行きの電車を待っていたら、いつの間にかホームの表示が「次の電車はB駅行き」になっている。(急に変更になったらしい)
・途中の駅でずーっと止まっている。(トラブルがあったのか、列車のダイヤが急に変更になったのか)もちろん、あと2分で発車します。とかこの電車はどこどこ行きですなどというアナウンスは一切ない。ホームにある電光掲示板で記される行き先と発車時刻のみが頼り。

あの時は1時間半で着くところを、なんだかんだで3時間近くかかった気がする。でも、世の中そんなもんでしょう、と思っていたので大して腹も立たなかった。世界の国の中でどちらかと言えば、イギリスみたいな感じが多数はなんじゃないでしょうか。日本のように親切というか律儀なのってきっと少数派だろう。とても親切な山手線。ぜひ世界に誇りましょう。

コンスタンティン・メーリニコフの建築

0/23(水) 先日、「コンスタンティン・メーリニコフの建築― 1920s-1930s」という講演会に行って来ました。ずーっと前に友達づてにロシアの構成主義の建築物ばかりをあつめたロシアのガイドブックが出るよ、と言う話を聞いていて、それは面白そうだなあ、出版されたらぜひ手に入れたい、と思っていたところ、その友人がとうとう出たよ、と言うのと、出版記念に講演会があるみたいよ、というのを知らせてくれました。と言うことで、行って来ました講演会。

聴衆は基本的に建築関係者が殆どでしょう。私みたいな物好きな人は少数派かな。メーリニコフの作品の特徴を表す言葉としては、本の帯にあったコピーの「ロシアアバンギャルドのファンタジスト」というのがまさにぴったりです。建築家の巨匠というより、天才建築家と言う感じ。メーリニコフは建築を芸術の最高の姿だと考えていました。そして、何々主義というものに全く縛られない自由な発想で数々の作品を作っています。とはいえ、いくら芸術と言ったって、建築というのは他の芸術と違って、豊かなイマジネーションとあふれるアイデアがあればできるものではないですよね。建築物とは人が出入りできたりしなければいけないし、とにかく現実に存在するものを作るためにある訳で、全く実用性に欠けていれば、それは単なる彫刻やインスタレーションになってしまう。その辺で、現実の世界に持ってきても力を失わない形なりコンセプトなりで作らなければいけないのです。芸術性と現実性を両立させるのは素人から考えても難しいことだろうと容易に察しがつきます。ですが、メーリニコフの作品はそれはそれは豊かな創造力と確固たるコンセプトで非常に出来上がった作品の力が強いのです。

でも、そんな素晴らしい作品を持ってしても、メーリニコフはしばしばコンペで落選してしまう。理由はなんと、与えられた敷地からはみ出した設計図を描いていたため。

メーリニコフの構想では「ああ、ここには絶対この形がなければ、この建築物の意味がなくなってしまう!」と言うことで、敷地の外に建築物の一部が描き込まれ、また「この芸術を実現させるためなら、敷地外の建物を壊すのもやむを得ない」と思っていたそう。

もちろん、街の景観を無視して何かを建てるのではなく、むしろその街にとけ込むようなコンセプトで設計されています。でも、この場所にはこの形がなくては!という確信があったんでしょう。

そこで、一緒に講演会を聞きに行った友人が言った。 「日本人ならいくら天才建築家でもコンペに敷地の外にはみ出した設計図を出すほど強気な人っていなそうだよねえ」と。そうなんだろうか、やっぱり日本人だったらそんな人いないかしら。確かにアーチストならそういう気質の人はいるかもしれないけど、建築家という時点でかなり常識度がアップする職業なのでなかなかナチュラルに敷地からはみ出した図面を描ける建築家はいないかもしれない。

さて、その講演会の講演者はオランダとイタリアとロシアからのメーリニコフ研究者3人でした。しかし、横に座っている通訳は2人しかいないように見えました。どうなるんだろう、と思ってみていたら、ロシア人はロシア語で話してロシア語の通訳に日本語に訳される。そして、なんとイタリア人の講演者はロシア語で話していました。最後のオランダ人はオランダ語を話すのかと思ったら英語で講演して英語の通訳がついていました。海外の講演会や会議は英語っていうヨーロッパの研究者はきっと多いのでしょうが、ロシア語を操るイタリア人って初めてみたのでちょっと驚いた。そりゃあ、私が知らないだけで、数いるイタリア人の中ではそういう人が当然いるでしょう。その上、研究内容がロシアの建築史だったりしたら当然と言えば当然なのかもしれないけれど。イタリア語のリズムがかすかに残ったロシア語って聞いていてなんだか不思議でした。

司会者は日本在住のロシア人の建築家の方。だから、日本語は話せるようでし た。そして、講演最後の質疑応答コーナー。司会者が各講演者に質問をすると言うコーナー。各講演者に一つずつ質問をしていったのですが、最後のオランダ人研究者の時がちょっと圧巻でした。
(1)司会者はロシア語で質問する。
→それをロシア語通訳の人が日本語に直す。→聴衆が質問内容を理解する。
→それを英語の通訳の人が英語に直す→オランダ人研究者に質問内容が伝わる
(2)オランダ人研究者が答える
→英語の通訳者が日本語に訳す。→聴衆が答えを理解する。
→ロシア語の通訳の人は二人の研究者に質問の答えを訳してあげる。
という状態でした。

なんか、日本の中世で南蛮人が日本に流れ着いたときのお役人の詮議も確かこん な感じだったみたいですよね。
お役人→日本語→通詞(通訳)→中国語だか朝鮮語→通訳→オランダ語→南蛮人
お役人←日本語←通詞(通訳)←中国語だか朝鮮語←通訳←オランダ語←南蛮人
そんなわけで、多国語講演は内容以外にもこんなところが面白いなーと思ったの
でした。

メーリニコフのリンク:http://www.toto.co.jp/GALLERMA/ind1j.htm

ユイスマンスの「さかしま」

今、「さかしま」という作品を読んでいます。ユイスマンスというフランスのデカダンス文学の作家の作品。デカダンスは高校時代以来です。思春期はいたずらにこういう言葉に憧れたりするのです。しかし、「さかしま」っていう言葉自体、意味が分からなかった。辞書で調べたら
(1)道理にそむく・こと(さま)。よこしま。「―な心を抱く」
(2)逆さま。さかさ。「十握(とつか)の剣(つるぎ)を抜きて―に地(つち)に植(つきた)てて/日本書紀(神代下訓)」
要するに、「さかさま」ってことでした。

また、訳が渋澤龍彦というデカダンスとか黒魔術とかボッシュとか、まあそういう方面に非常に造詣の深いとても有名な作家によるものなのです。訳も格調高く、もう読めない漢字と意味の分からない熟語が目白押しの訳文。でも、だからといって文体が読みにくいわけではなく自然。さすが渋澤龍彦である。 そして、やたらに憧れていただけで良く意味を確認していなかった、「デカダンス」についても改めて意味を調べてみます。
[(フランス) decadence]
(1)虚無的・退廃的な傾向や生活態度。
(2)一九世紀末の懐疑思想に影響を受けて、既成の価値・道徳に反する美を追い求めた芸術の傾向。フランスのボードレール・ベルレーヌ・ランボー、イギリスのワイルドなど。退廃派。(三省堂 大辞林第二版より引用)

要するに、退廃ってところに「まあ、素敵!」と当時の私は思っていたのですね。そこで大人になった私は、改めて「デカダンス」とはなんぞやということをこの本を読みながら考えます。ストーリーは別に変化に富んだものではなくて、フランスの貴族の青年の生活が描かれています。その青年の血筋では代々血族結婚が繰り返されて、どんどん生命力が弱って今や彼がその一族の最後の一人。彼自体も生命力が弱くて貧弱な感じ。どう見ても体育会系とかガテンとは対局にあるタイプ。そして、彼はあらゆる俗世間はくだらないものだ、と思って外界とのコミュニケーションをやめ、家に引きこもって、自分の気に入った芸術に耽溺して生活している。

物語はその生活の描写なのですが、具体的にはあの作家の本を読んで、この本を読んで、この絵を眺めてみたいなことが続く。 その中から、この物語に出てきたデカダンでなくてはできない事を一つ紹介。

それは「自分のお気に入りの素晴らしい文学作品の本を注文して作る」なのです。本のオーダーメイドですね。紙も全世界から選りすぐったものから選ぶ、表紙はとても貴重な種類の豚の皮を使う。しかも、本文に使うフォント(書体)もわざわざ注文して作ったりする。これはすごい。書体を注文って、相当贅沢ですよ。まあ、まだアルファベットだからいいようなものの、日本語だったら大変だ。そうして、出来上がったたった一冊の本。

今だからこそオンデマンドなどと言って、一部だけ本を作ったりすることも可能だけど、何もかも手作業のその昔にこれをやるのはさぞかしお金がかかったことでしょう。この贅沢は普通の贅沢とどこが違うかというと、材料が贅沢というのと内容(彼にとって非常に質の高い文学作品)の贅沢さを両立させているところですね。材料(物質的に)が贅沢な贅沢をするというのは古今東西見渡せばいくらでもあるでしょうけど、内容(コンテンツ)も同時に贅沢というのはなかなかないかもしれない。

まあ、そういう意味で本当にお金がないとできないデカダンというのが証明されたかもしれませんね。って言ったって、小説の中の主人公の話だから19世紀末に本当にこういう道楽をしている人がいたら、それは本当にすごいねって事なんですよね。「さかしま」はそんな事に思いを馳せながら読むと楽しい本なのかもしれません。

拉致被害者が一時帰国

北朝鮮から拉致被害者が一時帰国した。私は帰国が決まったときから、この件に非常に関心を持ってニュースを見ていた。今日は帰宅してから、食い入るようにニュースステーションを見ていた。謎めいたマスゲームの国の実体が薄皮を剥がすように少しずつ少しずつ明らかになってきた。祖国に戻って来られて良かった、家族と再会できて嬉しい、という言葉の中に含まれている否応にもあふれ出てきてしまう今までの閉ざされた長い年月の気配を感じると、もちろんちゃんと解決される事を望んでいるが、どんな真実があったのだろうという事が非常に気になってしまう。これから、どんどんこの事の詳細が明らかになっていくだろう。どんな事がいったい明らかになっていくのか。事実の中にこんなにも想像を絶する事実があると言う事にただただ驚いているばかり。
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