2004年10月

フランスの名前はやりすたり

フランスでは以前は名前は自由につけることができませんでした。つけられる名前のリストみたいなのがあって、その中からつけるようになっていました。要するにカトリックがベースになった名前です。しかし、最近は移民も増えてイスラム系とかアジア系も増えたのでそんなことは言ってられなくなり、名前は自由につけられるようになりました。

ところで、フランスっぽい名前と言えば例えばフランソワ(Francois)とかカトリーヌ(Catherine)って感じですが、それでもいろいろ名前にはやりすたりがあるそうです。

●すたってしまった名前

・ジャクリーヌ(Jacqueline)
これは愛称はJackyとも言われるよう。そうか、じゃあオナシスやケネディの奥さんだったジャクリーヌ夫人の世代がピークだったのか。今時この名前を見かけたら「うぇー、古くさー」って感じらしい。日本だったら「キヌ」さんとかそんな感じ?

・ロベールとイヴェット(Robert & Yvette)
私たちと同年代でこういう名前のアメリカ人のカップルがいたそう。それで、フランス人にとってはうえーー古くさい名前ーーって感じなのですが、アメリカでのはやりすたりはフランスとは違うようなのでこんな名前でもOKなんでしょう。ロベールとは言っても英語だったらロバートとイヴェットなのでしょうけどね。フランス人にとってはふるくさすぎて「ぷぷっ」っと笑ってしまう名前らしい。

●はやりの名前

・ユーゴ(Hugo)、フロリアン(Florian)
これは二つとも男性の名前。多分、今時の日本で言ったらタクヤとかショウとかそんな感じにあたるのであろう。なんだかイケテルらしいです。同じような響きでユーグ(Hugues)というのもあるんだけど、これは「別にー」って感じらしい。私にはユーゴとユーグでどうしてそんなに変わるのかいまいちわからんよ(笑)。
ユーグって名前の知り合いいるんですが。私的には結構好きだったんですけど、(俳優のジャン=ユーグ・アングラードと同じ名前だからってだけですが・・・)
微妙なものですね(笑)。

●その他

あとは、フランスで最近見られる現象としては自由に名前をつけられるようになったのでケヴィン(Kevin)とかパメラ(Pamela)とかケリー(Kelly)とかっていう英語圏の名前をつけちゃう人たちがいるらしい。で、これをつける理由が、視聴率の高いお茶の間のドラマ(アメリカ製)とかで見ていた名前をつけちゃうらしいです。これも階層によって多少違うらしくインテリ層は今まで通りのカトリックの名前をつけるのですが、こうしたアメリカンな名前をつけてしまうのは主に労働者層なんだそうです。

まあ、せっかくフランス人なんだからフランスっぽい名前をつけたらーー?って私も思いますが。とはいえ、日本でもなんとなくカタカナでも通用しそうな名前が昨今はありますから(杏奈ちゃんとか?)、どこの国でもそういう傾向があるのでしょうね。

注)フランス語で使われるアクサンは省略してあります。ドリコムは表示がまだできないようです。早く表示できるようになるといいなあ。

今日のささやかなラッキー

行きつけの化粧品を買うお店にたまたま入ったら20%セールしていて、ちょっとまとめ買いをしたのですが、かなりお得に買えました。こういうのは登録してある顧客にはお知らせが行くのですが、私はそれを全然知らないで行ったのですね。で、ほんとは他でもどこでも買えるんだけど、馴染みの方がよいのでそこに行ってしまうのです。

いつも対応してくださるおばさまにはいつも良くして貰います。サービスもして貰います。試供品もたくさん貰います。ちょっとしたVIP待遇です(と勝手にそういう気分になってます)。まあ、私も買うときは気前よく買うので(そんなに頻繁に行かない代わりに)、そこそこのお客なのかも知れませんが。と言うことで、初めてのデパートのカウンターに行くよりこっちの街の化粧品やさんに行ってしまうのでした。しかも、今住んでいるところじゃなくて、このお店は実家の近くなので実家による用事ができたときにわざわざ寄ったりして。

あと、困るのは美容院だなあ。
それのために実家付近に戻るって言うのもねえ。私は別に原宿とか表参道とかに別に行きませんし。地元で割と良いところがあって、そこは長いので私の髪の毛のことも良く知っているし、そこの方がいいんですけど。これからはどうしようかなあ。その美容院にもよく考えたら「今、仕事探し中なんです」「じゃあ、安くしときますよ。出世払いで。」(←しかし出世しても特に余計に払うことはないであろう(笑)。)とか「このサービス券期限が切れてるけど、使えることにしておきますよ。」などと言ってもらって、かなりまけてもらったような気がしなくもありません。

こういう風に馴染み客になってしまうと新規開拓の意志が薄れてしまうのもまた善し悪しですね。

シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」をパントマイムで

先日、シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」をパントマイ
ムで踊るというものを見てきました。
http://azusachan.chu.jp/classic/information.html
http://www.realtokyo.co.jp/event_cgi/ev_view.cgi?2,2113,01+4+1

シェーンベルクとは実は名前は聞いたことがあったけど、今まで特に聞いたことはなかったのではないかと思う。
シェーンベルクの参考サイトhttp://www.greengrape.net/mizuno/schoenberg/
オーストリアで生まれたユダヤ人の作曲家だそうです。
 
ここを見ると、無調音楽とか十二音技法というのを作ったそうです。これが、私は音楽の専門的なことがさっぱりわからないので、プログラムの説明にはそういう文字が躍っているのですが実際に聞いてみないと私には何のことだかわからないぞ、という感じでした。

で、まじめなクラシックコンサートに行ったのは久しぶりでした。聞きに来ていた人たちは、わりといわゆるクラシックコンサートをまじめに聞きにきていますという身なりとか年代の方々で、着物でいらっしゃっている方々もたくさんいた。久しぶりにこういう感じのコンサートに来たなーという感じ。

それで、「月に憑かれたピエロ」の前に「管楽五重奏曲」op.26というのが演奏されました。その説明にも十二音技法とか高度の対位法技法とかって言葉が躍っておりました。聴いてみたら、いわゆる普通のクラシック音楽じゃなくて、現代音楽の響きだなーとは思いました。現代音楽の中でも昔懐かしいいつも聞いていた感じ。

それで、シェーンベルクというのは表現主義の種類にも入るそうで、表現主義というのは20世紀初頭にドイツで起こった芸術運動のことですが、私はもっぱら表現主義といえば美術の方にはどっぷりつかっておりました。ドイツ表現主義は「新たな感情表現や心理学的表現を推し進め、特にドイツ表現主義は人間心理の暗く、邪悪な面に焦点をあてそれまでの客観的な外部観察ではなく、主観的な感覚を表現する芸術として広がりました」(パンフレットの説明より引用)なんてあります。
とにかくちょっと不気味なものであったり、妄想気味だったり、少し現実から離れた感覚で絵を描いているのが多く(叫びのエドアルド・ムンクも表現主義の作家といわれています。)て、多感な思春期のころに夢中になったものです。

その表現主義が音楽で表現された場合はどうなるんだろう、っていう興味はありましたね。やっぱり、現実からちょっと離れた感覚で作曲したらこうなるのかなーという感じ。心地よいとか、わかりやすいとかそういう感じではないですね。でも、未知の感覚の森を分け入って進んでいく感じ。

「月に憑かれたピエロ」はそのあとピアノ、チェロなどの弦楽器も加わり、そしてソプラノが入ります。歌詞はベルギーのシュールレアリスム派の詩人アルベール・ジローという人が19世紀後半に月と狂気を題材にした「月に憑かれたピエロ」という詩にシェーンベルクが音楽をつけたものです。
説明としては「ピエロ、コロンビーナ、カサンドロなど16~17世紀イタリアのコメディア・デル・アルテの登場人物が月に憑かれた奇怪な幻想と、世紀末的な退廃的雰囲気をまきちらす独特の世界を作っている」とありました。(パンフレットの説明より引用)
これで、シュールレアリスムとくればもう暗い暗い要素全開です。

ダンスはパントマイムでヨネヤマママコさんという方。もう、条件は全て揃ったって感じでした。
と、思ったのですが、表現主義で人間の邪悪な面に焦点を当てて、、、っていう説明はあるのですが、音楽を聞いていて邪悪だなーって感じは全くありませんでした。確かに健康的だな、というものではなかったですが。

月と狂気をいろいろな形で表現するのですが、歌詞にしても出てくる単語は「赤いミサ」とか「絞首台の歌」とか「憂うつなワルツ」とか、いかにもーーーっていうのが続出なのですが、それでもそれでも、やっぱり西洋だからなのかなあ、月の狂気を表現するのもさわやかっていうか、要するに泥臭くないんですよねえ。日本の場合だと萩原朔太郎(「月に吠える」とかっていう作品集がありますから)とかそういうのを思い浮かべてしまうのですが、日本だとなんだかおどろおどろしく泥臭くなってしまう感じがあるのですよね。

ソプラノの歌詞はドイツ語です。そして、やはりとっても不思議なんだけど、フルートの音や不規則なピアノのメロディーがめちゃくちゃ青白く聴こえるんですよ。これはすごいね。ソプラノのドイツ語も青白く聞こえるんです。明らかにプッチーニのオペラのソプラノと色が違うんですよね。これは、絶対舞台演出の影響だけではないと思います。やっぱり月の青白さをメロディーに落とし込んだんですね。。すごいな。シェーンベルク。

ヨネヤマママコさんのパントマイムもとても素晴らしい。非常に明確。表現が豊か。青白い伴奏とソプラノの中で月と戯れているのですね。その西洋風の月の解釈なのでパントマイムもやはり全然泥臭い世界じゃなくて、ああ、なんだか西洋の月だなあと感じました。

お能とか歌舞伎とか色々な身体の動きの様式美を堪能してみますが、パントマイムはもちろん、より自由なものであります。でも、現代舞踏ほど不可解ではない。あれはあれで、しっかりした土台の動きを確立するまで非常に大変なんだろうなと言う印象は受けます。

演奏が終わってカーテンコールが来て、かなり最後は盛り上がっていました。演奏していた方々も解放感に溢れた感じ。そして、お互いをねぎらう。ママコさんはより多くの拍手を持って迎えられました。その時のママコさんの表情がとても優しくて、ああ、この方はきっととても優しい心の方なのかなあ、などと思いました。会場は沸きに沸いて、拍手の洪水だったのですが、私はやはりこういうときは会場の気持ちに同調してしまって、涙がだくだくと出てしまいました。

会場を後にして、久しぶりに芸術的なものに耽溺して何かを描いてみたい気分になりました。そんな刺激をくれる舞台でした。最近はああいうのからは遠ざかっていましたからね。より現実に近いものに囲まれて生活しようとしていましたので(そうでなくても現実に戻ってこられなくなりそうで大変なので)。

シェーンベルクは限りなく青白いです。寒くて透き通ってて青白いです。それがシェーンベルクの第一印象でした。

鬼平犯科帳と竹中大臣

ある人が鬼平犯科帳を愛読していると言っていた。とは言っても、これは小説ではなくて、マンガの方。原作は池波正太郎である。マンガはゴルゴ13のさいとうたかをが描いている。それで、その人は私から見たら超人的に頭がいい人なので、マンガなぞ読まないのかなと思っていたのでそういう人が読むマンガって一体どんなマンガなんだろうと思っていたのですね。

まあ、そうしたらある日ひょんな事からそのマンガを読む機会があった。比較したことはないけど、銭形平次とか遠山の金さんと同じようなお上が裁く勧善懲悪って感じですね。なかなか面白いです。っていうかお江戸が舞台なので、鬼平が歩き回るエリアにすごく親近感湧くんですよ。へー、昔は徒歩でこんな行動範囲をしていたんだーとか。だいたいエリアは主に文京区、千代田区、台東区、墨田区あたりですが、その他も結構まんべんなく出てきますよ。自分の住んでいたところの地名が出てくると嬉しいものですね。

それで、気がついたのですが、主人公の鬼平の名前は実は長谷川平蔵って言うんですよ。それで、敏腕に事件を解決するから平蔵の平を取って鬼平なんですね。ふーん、それは初めて知ったよ。

そこで、思い出したのは郵政民営化担当大臣の竹中さんの名前です。竹中さんって名前は平蔵と言うんですよ。前々から何かおかしいな、って思っていたのですよ。だって、竹中さんって年齢的には50代くらいなんですか?まあ、でも、その年代で名前に平蔵ってついている人って少ないと思うんですけど。前々からなんか渋い名前だなーって思ってたんですよ。

で、鬼平犯科帳を読んで思った一つの仮説は、竹中さんのご両親が実は鬼平犯科帳をすごく愛読していて、息子が生まれて「世の中の悪を正す人になりますように」とかって言う願いなんかを込めて平蔵ってつけちゃったんだろうか、などと思ったんですね。もし、そうだとしたらすごいですよ。

ほんとうのところはどうなんでしょうね。ちょっと気になります。

【関連記事】

名前の由来 [2004年06月15日(火) ]
http://blog.drecom.jp/hiroette/archive/778



【追記2004/10/25】

りょうさんから以下のコメントをいただきました。ありがとうございました。

「長年の愛読書である鬼平犯科帳の話が出てきたので、食いついてしまいました。

鬼平犯科帳が連載されたのは、昭和42年ですね。自分の生まれた年と同じなんで覚えてたのですが、そうなると竹中大臣のご両親が鬼平ファンだったというのは、残念ながら時期がずれてしまいますね。

漫画は読んだことないので分からないけど小説のほうは、「遠山の金さん」や「銭形平次」とは大きく違い、勧善懲悪一本やりではないんですよ~。
池波正太郎の描く江戸の時代小説の特徴は、なんといっても「凄み」です。
他の時代物がテレビの時代劇的な娯楽読み物だとすれば、池波作品、特に鬼平犯科帳に描かれている世界は、A.J.クイネルやJ・ヒギンズ、F・フォーサイスなどの上質なスパイ・冒険作家の描く世界と同質のものです。
一度小説のほうも読んでみて下さい。

実物の長谷川平蔵は、日本で初めて今で言う「ハローワーク」みたいなものである人足寄場を作ったり、非常に厳しい(反面ダーティーな)犯罪取締りをやったりして、あまりにも革新的なために上司の松平定信に疎んじられた人でした。」

と言うことで、竹中さんは鬼平から名前をとったのではないか説は見事崩れてしまいました(笑)。うーん残念。じゃあ、なんであんな渋い名前つけたんでしょうね。不思議です。
しかし、鬼平って実在の人物だったんですね。それも今回初めて知りました。遠山の金さんは実在ですよね。銭形平次も実在でしょうか。

地震と外国人

今日は同居人のフランス人と一緒に家でホームパーティをする。来た人数は入れ替わり立ち替わり延べ13人程度。そのうちメンバーは日本人以外が半分くらい(でも最大勢力はフランス人)。日本人もなんとなくほぼ全員がフランス語を話せる感じ。まあ、しかし日本語を話せる外人も多いので、会話は日仏英が入り乱れる感じ(フランス語を話せない外人もいるため)。

まあ、いつもみんなで集まるとこういうパターンになるのでそれはそれでいいのですが、とりあえず言葉の切りかえができないっていうのに陥ります(私だけじゃないみたいですが)。

まあ、それは別にいいんですが。

今日は実は地震があったじゃないですか。新潟の方は本当に大変だったようですね。ここも結構ゆれました。午後6時台から断続的に地震があって、みんなで飲み食いしている最中もなんどか揺れが来ていたんですね。で、日本在住の外国人は比較的慣れていることは慣れているのですが、それでもこれだけあると段々みんな心配になってきていたようです。一人、ただいまたまたま東京に滞在中っていうパリ在住のフランス人が来てたのですが、彼は非常に怯えていました。

揺れるたびに気もそぞろになって食べ物を食べていられないようでした。すっごい怖いみたいでした。しかも、ここはちょっと高いので揺れ方も振幅が大きいのですね。

なんというか、まあ、彼は初体験ではないようでしたが、とりあえず「地面が揺れる」という事実を理解できないというか、まだそういう現実を受け入れられないと言うかそういう感じで煩悶していました。

彼は見た目は身長も180cmは軽くあるし、体格もがっしりしているのですが、そういうことと地震が怖いって事はあんまり関係ないのですね(笑)。まあ、私たちは慣れているので、揺れがあってもまたか、って感じで「お茶入ったよー」なんて言っているのですが、そんなに平然としているのが彼には信じられなかったようです。

それで、「日本に来て地震でもし死んだとしたら、それこそマヌケだ(C'est con.)」と言っていて、笑ってしまいました。フランスにいれば死なずに済んだのに、わざわざ好きこのんで日本に来て地震にあって死んじゃったとしたら、本当にマヌケだなーという事ですね。いやー、そうだよねえ。わざわざ高いお金出して日本まできて死んでたらほんとにアホですよ(笑)。

彼は、日本に到着して以来(滞在して一ヶ月くらいらしい)毎週のように来る台風とこの地震ですっかり怯えているようでした。別に日本初体験じゃないのですが、こんな事は初めてだと言っていました。まあ、私たち日本人にとってもそんなにある事じゃないですからねえ。彼らにしてみたらもっとですよねえ。彼には台風より地震の方が怖いようです。確かに台風は家に閉じこもっていれば、東京であればなんとかなりますからねえ。

まあ、そのフランス人の彼はこれで日本が嫌いにならないことを祈ります。(たぶん大丈夫だと思うけどね。)


あと、韓国人の人と話していて彼女には私のサイトのURLが書いてある名刺を以前に渡していたのですが、今日会ったらこのブログの感想を言ってくれました。そうか、このブログは日本語で書いているから日本人しか読まないんだと思っていたけど、その限りではないのですよ。それに気がつきました。それはちょっと嬉しかったですね。ここに書いていることは別に日本人だけに言いたい事じゃないので。本当は外国の人にもいいたいってことが沢山あるけど、やっぱり日本語で書くのが一番早いですから。彼女の感想は日本人の人から貰うのと本当に変わらないですよ。だから、これからは想定読者は日本人じゃなくて、日本語話者って言う風に考えて書いていきたいな、と思いました。
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