2005年10月

パリの道の名前

ちょいと思うところがあって、パリの道を調べている。
そのためにわざわざ実家におきっぱなしにしていたMechelinのPARIS ATLASを持ってきましたよ。。(私が持っているのは版が少し古いだろうのでこのページの表紙のとはちょっと絵柄が違うけど。)

人の名前
Square Alexandre 1er de Yougoslavie
ユーゴスラビアのアレクサンドル1世?そんな人いたっけ?
場所はブルジョアな16区です。
貴族系は結構ある。モナコの王様の名前とか。まあ、それはそんなにびっくりする事でもない。

国の名前
Place de Colombie

都市の名前(フランス以外)
Places des Alpes
プラスデザルプ
アルプス広場

Rue d'Argentine
ルーダルジェンチーヌ
アルゼンチン通り
シャルルドゴール広場の近くのなんてことはない小さな通りの名前です。

13区のPlace d'Italie
プラスディタリー
イタリア広場のすぐ近く。
この広場は中華街の方にあるので有名

rue d'Ankara
ルーダンカラ
アンカラ通り
トルコの首都
16区のパッシー公園の近く

Rue d'Amsterdam
アムステルダム通り
ルーダムステルダム
サンラザール駅脇の結構長い通り。

サンラザール駅の反対側は
Rue de Rome
ローマ通り。

その近くには
Place de l'Europe
ヨーロッパ広場。
さすがに、パリの上野駅のようなところ
まわりの道もなんとなく行き先に関係するような名前です。

rue de Babylone
ルードゥバビロン
バビロン通り
メトロの駅にもなっている有名な名前

rue de Babylone
ルードゥバビロン
バビロン通り
メトロの駅にもなっている有名な名前

Place de Bolivie
プラスドボリヴィ
ボリビア広場
エッフェル塔の近くのセーヌ川の岸にあります

ちなみにこの近くには
Place de Costa Rica
コスタリカ広場
プラスドコスタリカ
もっと先にいくと
イエナ橋のところに
Place de Varsorvie
プラスドヴァルソルヴィ
ワルシャワ広場
があります。

さすがエッフェル塔の近く
この辺は
AVENUE DE PRESIDENT KENNEDY
アヴェニュー ドゥ プレジデント ケネディ
  ケネディ大統領通り
とか

AVENUE DE NEWYORK
アヴェニュー ドゥ ニューヨーク
ニューヨーク通り
とか
何かアメリカとのつながりを感じます。

今日はこんなところまで



日本語の起原について少し考えてみる

いやー一体私はどこまで行くのか。
まあ、いいや。行くところまで行こう。
別にアカデミックな世界に興味があると言うよりは、自分がなんでこんなことに興味があるのかってことが気になるのでとりあえず気が済むまで行きま す。

そうしたら、とても面白そうな本があった
日本語の起原
大野晋著

日本語の起原というのは、諸説あってどれが正しいというのは確定していない。これからもそうでしょう。それはどうしてかというと、文献資料は8世紀以前はほとんどない。欧米で出来上がった比較言語学という方法があるが、この方法がこの問題を解決するのに最適な方法かどうかはよく分からない。とはいえ、その比較言語学がどんなものかも余り知らずに言ってますが(汗)。とりあえず、そういうのに縛られないような思考を試みてみます。

とりあえず、日本語というのは孤立語のような印象があった。「孤立した言語」と言う事にすらなっている。

大野晋氏の唱える日本語の起原はなんと南インドのタミル語だそうである。
あの「ムトゥ踊るマハラジャ」の映画で話されている言語である。
大野晋とはこんなひと
その真義はここでは、この記事の本質から離れるのでやらない。

とりあえず、文字がなかった時代に何があってもおかしくはないのであるのだが、私はどの説が正しそうだとか、どの説はこういったところがちょっと信憑性に欠けるのではないかという話は置いておく。

というか、日本語という一つの言語がどうやって出来上がったかということのイメージが掴めたのがとても良かったのね。例えば、フランス語の起源はラテン語です。ラテン語が文語で話しにくい。八百屋さんで「ねえ、もうちょっとまけてよ」という時にラテン語で言うのはちょっとねー、ということで俗語が各地で発展していって、それがフランス語、イタリア語、スペイン語などになっていったということらしい。

それって、日本語とだいぶ成り立ちの経緯が違う。かなり日本語と比べてシンプル、というかそういう感じ。そのあと、色々な言葉の影響を受けてフランス語は発展していくのでしょうけど、とにかく最初の最初はそういうことなんでしょう。そうすると、おおもとを調べるには、とりあえずラテン語を当たればよい。イタリア語、スペイン語との類推もいつもラテン語を当たれば何らかの事が見えてくるのだろう。

しかし、日本語はそうは行かない。何語から派生したものです、という成り立ちになっていない。日本語の成立は諸説あり、上記の大野氏の説を否定する学者もたくんさんいるよう。日本語の成立した経緯がヨーロッパの言語と比べて複雑だったのかな、ということに注目したい。

それが、なぜ日本語と韓国語は文法がとても似ているけど発音や語彙が違うのか(中国から入ってきた語彙は除く)ということや、トルコ語やモンゴル語と文法が似ているけど同じ語族の中には入らないのはなぜか、ということがなんとなく理解できるような気がする。

言語ができる瞬間がどんな状況だったか私たちにはわからないけど、いくつかの説があるというのがit1127さんの記事で取り上げられています。

とりあえず、最初の目的は名詞の性別を気にするか気にしないかはどんな意識の違いによるものなのか、というところなので、ちょっとそれを忘れずにもう一度考えるとすると、大野氏の本とか日本語の成立に関して出てくる言語は一律男性名詞と女性名詞の区別はないように思います。ちゃんと隅々までチェックしてないけヌ、ないみたいですね。それから、この事を考える時に成立した時期は今の言葉ではなくて昔の言葉を使っていたのだから、昔の言葉がどうなっていたのか検討をする必要がある、ということに気が付きました。

日本語なら奈良時代とかそういうことですね。現代の言葉を見て何かを感じ取ろうとするのに合わせて、それが必要なんだな、と思いました。ちょっとその他面白そうなページがあったのですが、見失ってしまいました。ちょっとまたそのうち探してみます。

【関連記事】
「it1127の日記」より 2005.10.27
■ディレッタントな午後





言葉の始まりについて

結局、それで言葉の起原について興味があるんだな、ということが分かってきたのでそっち系の情報を探す。
こんな本があるらしい。

ことば 始まりと進化の謎を解く
ジーン エイチスン著

イギリスの言語学者らしい。

●「言語と意識の起原」 チャン・デュク・タオ著
ベトナム出身の哲学者みたいです。

かのジャン・ジャック・ルソーも「言語起原論」と言う本を書いていたらしい。
これは未完だそうです。
運良く訳を載せているページがあったのでリンク
●「言語起原論
でも、これは昔過ぎるし、哲学過ぎるのでちょっと参考程度に。

こんなページもありました。とても興味深い事が書いてあります。
言葉の始まり

とりあえずメモしておきます。





中性名詞っていうのがあるらしい

女性名詞と男性名詞の探索をしていたら、中性名詞っていうのがあるらしい、ということにぶつかった。いや、その存在は知ってはいたけど、どういうものを中性名詞にして区別しているとか、なぜ中性名詞を作ったかということを考えてみる。

中性名詞というと、やはりドイツ語が一番有名でしょう。
しかし、私は昔からドイツ語は本当に全然興味がわかないんですよ。たくさん○○語入門というのは持っているけど、ドイツ語だけは一冊もないの。なぜそんなに興味がないのかわからないけど、とにかくドイツにも一回も行った事ないし、やる気がしないの。ということで、モチベーションがあがらない。

で、ロシア語ならモチベーションがあがるのでちょっとまたロシア語入門みたいな本を引っ張り出してきて読んでいます。CDも聞いてみたけど。うーん、やっぱりねー、音だね。音でどうもえり好みしているみたい。ちなみにロシア語はとても美しく感じます。

とりあえずロシア語で中性名詞だと説明が出ていたもの

окно 窓
письмо 手紙
море 海
плaтье 衣服、ドレス
*アクセントはなんか表示がうまく出来なかったのでのぞいてあります。

とりとめもない、と言えばとりとめもない。
何か傾向があるのだろうか。

それで、話は結局、、、
最初の生物名詞は男女の別があった。
情報の伝達の正確性を期すために形容詞や冠詞などがそれに一致するように変化するようにした。
そのうち生物名詞でないものも統一性を取るために男性名詞か、女性名詞かどちらかに決める事にした。

しかし、やはり無生物のものは無生物なんじゃないの?と思って
中性というカテゴリを作り、中性用の形容詞、冠詞の変化を作った。
というところなんでしょうか。

ところで、この道筋として
生物名詞以外の性のない名詞はどうする?
って時に
(1)生物名詞以外も男女にわけてしまえ(フランス語、イタリア語、スペイン語)
(2)男でも女でもないなら中性っていうのを作ろう(ロシア語、ドイツ語)
(3)生物名詞も男女の差をなくしてしまえ(日本語、韓国語、中国語)
っていう3通りのリアクションがあったのかなあ、と。

いえ、日本語などが最初に生物名詞に男女の差をつけていたかどうかは、不明なので(3)はあくまでも推定ですが。
まあ、そういうリアクションも可能性としてはあるのかな、と。

とりあえず、情報の伝達を正確に期すために男女の差をつけた、という仮定で進行していますが、正確に期すために単数複数の違い、冠詞なども同様のコンセプトのもとに発展したのだろうと思います。ヒツジがいたら、それがオスなのかメスなのか、一匹なのか一匹以上なのかとても気になったと言う事ですね。

それに対して、そういうのを全然気にしない人たち(とりあえず日本語、韓国語、中国語の人たち)は、なぜ気にしなかったんだろう、そしてそれを気にしないなら、何かほかの事を気にしていたんだろうか、などと考えてしまうのです。

it1127さんがソシュールを紹介されていましたが、
(ソシュールとはスイスの言語哲学者)
それまでは、犬がいたら「あれを犬と呼ぶ事にしよう」という感じで言葉が生まれたということになっていたのですが、そうじゃなくて、言葉は話す人が好きに(恣意的って言葉を使っているようですが)決められるものなのだ。ということを言い出した人です。例えば、「米」と「稲」と「ご飯」って3種類の呼び方である植物を表現しようって決めるのも「rice」だけでいいじゃんって決めるのも自由っていうことですね。

日本語は一体何を気にして発展していったんだろうなあ。
ちなみにロシア語は冠詞がないっぽい。正確を期すに焦点を当てるとそこはとても中途半端(笑)。
まあ、各言語のそういう特徴を見て行けば切りがないと思いますが。
(たとえばタガログ語(フィリピンで使われている言葉)は語順が述語、主語、目的語だとか!ね)

各言語の男性名詞と女性名詞を少し調べてみました

Wikipediaに一覧がありました。

こんなにたくさん言語はあるんですけど、
おおまかにわかったところだけ書いておく。

まず、ある言語
・インド・ヨーロッパ語族 
・アラビア語
・サンスクリット語
・ヒンディー語

ない言語
・日本語
・韓国語
・中国語
・アメリカのネイティブインディアンの言葉
・モンゴル語
・インドネシア語
インドネシア語はオーストロネシア語族の一つらしいが、
このオーストロネシア語は男女の区別がないっぽい。
・オーストロネシア語族?

アフリカの言語もチェックしてみたいが
ネットにはもう段々情報がなくなってくるのでまた今度。

しかし、少なくともモンゴル語は男女の区別がない。
牧畜民族なのにね。しかし、大昔は狩猟民族だったからなんとも言えないか。
ということで、牧畜をしていると男女の別を作りたくなる説はあまり関係なさそう。

サンスクリット語、アラビア語も差があるので
インド、中東方面は気にする人たちってことになりそう。
アフリカだってさんざん牧畜はしているのですが、差がないとすれば、やはりそんなに気にしないのか。

男女の差があることは意識にどんな風に影響を及ぼしているのか
これは本当に気になります。

フランス人に聞いてもたいていは「別にそんなの関係ないよ」って言われるだけだし。
使っている当事者としてはどうってことないのかなあ、とは思う。
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