それはヘブライ語
とにかく、最近はグローバリズムと言う名の下で英語がどんどん世界の共通語として広がっています。その反面消滅していこうとする、あるいは消滅してしまった少数言語もたくさんあります。
未来はどんどん言葉が減っていくだろうと言う予測もあります。日本語という世界で共通語や公用語としては余り使われない言語を母国語とする私は、こういった風景は少し苦々しい思いで見ていると思う。
言語と言うのは話す人が減っていってしまって、消滅してしまったらもう二度と復活はできないのではないか、というイメージを持っていたんですが、意外や意外実は復活させることが実はできるんだよ、と言うお話。
それは実はヘブライ語らしいのです!
ヘブライ語を調べてみると
(1) 聖書ヘブライ語
(2) ラビ・ヘブライ語
(3) 中世ヘブライ語
(4) 現代ヘブライ語
この4種類があるそうです。
こちらのページ参照
こっちのページを見るとさらに細かく分類してあります。
それで、要するにヘブライ語を話しているのはイスラエルの人です。イスラエルというのはユダヤ人が作った国です(パレスチナとの問題がどうとか、っていうのはちょっとここでは置いておきます)。
ユダヤ人というのは紀元70年にローマに国を滅ぼされてから、1948年にイスラエルが建国されるまで世界中に散らばって生きてきたわけですよね。散り散りになったあとは、その住み着いた先の言語を話すようになり、ヘブライ語自体は口語としては失われてしまったんですね。
それを、イスラエルが再建されてから公用語は何にする?という議論が出てロシア語を話すユダヤ人はたくさんいるからロシア語にしたら、とか英語がいいんじゃないの?とか色々話は出たそうなんですが、「ユダヤ人なんだからヘブライ語を話すべきだ」という人が現れた。
これがエリエゼル・ベン・ユダ*という学者さんらしいんですが、この人がそれを言い始め、聖書から言葉を集めて一人で辞書を作ったらしい。そして、自分の息子をヘブライ語で育て、この息子が2000年ぶりのヘブライ語を母国語とするユダヤ人となったそうです。いやー、すごい話ですね。例えばですよ、自分の子供を古典日本語で育てたらその子供はそれが母国語になるってことですよね。「いとおかしき、もののあはれなり」とかってしゃべる子供が出来上がるわけだ。ま、自分が古典日本語をそこまでしゃべれないから、それは無理か、、。でも、もしかなり使いこなせて堪能なら、そういう事も可能だということですよね???
*エリエゼル・ベン・イェフダーと書いてあるのもある。
ちょっとにわかには信じがたいんだけど、事実だからこうしてヘブライ語講座とかヘブライ語入門の本が存在するわけですけど。
とはいえ、「一度滅んだ古代語が再び復活して実際に話されるようになったのは、歴史上このヘブライ語だけである。」とのこと。いやー、そうだよねえ。これはそんなに簡単な事ではないですよ。
こんな話があるなら失われた言葉を復活させることは可能なのではないか、と思えてきますね。ただし、ヘブライ語が現代ヘブライ語として復活できたためにはいくつかの条件があったでしょう。まず、口語として失われたあとも、ユダヤ教の儀式などのために言葉が残っていた。それが使われていたと言うのはあるでしょう。
それから、何よりもイスラエル建国のためにはヘブライ語が必要だ、という強い意志がなければここまで復活はさせられなかったでしょう。
なにしろ、いくら昔住んでたことがあるからと言っても、すでにパレスチナ人が住んでいるところに分け入って、ここにこれから住むから、と言って事を進めるにはそれなりの意思が必要ですよ。そういう意味ではヘブライ語というのがイスラエル建国の象徴と言えるかもしれない。
それから、「古代のヘブライ語とは文法的に異なりますが、単語は聖書から引いているため現代ヘブライ語の8割は旧約聖書に登場する単語です。」ということで、文法は古代のヘブライ語とは違うようです。意味の分かる人には、話しているとなんとなく、クラシカルな趣のある言語なんだろうか。どんな風に違っているのかなんだか気になるなあ。で、ちょっと現時点ではどんな風に違うのかちょっと調べ切れていません。
とにかく、ヘブライ語の例を見る限り滅びた言語が復活するというのは並々ならぬことであるし、普通は難しいだろうなあ、と言うことがとてもよくわかります。ヘブライ語の復活を見ても言語の盛衰は政治とは切り離せないというのもますます実感する。やはり文化的価値だけで言語を保っていくのは難しいんでしょうかね。もし、言語が滅びなくてすむ方法が政治力や国力だけなら、それほど残念なことはないんですけど。。。
ノーベル賞も取っちゃったらしい
そして、なんと復活したヘブライ語で文学を書いて、ノーベル文学賞を取った人までいるらしい。この人もプロフィールを見ると、生まれたときはヘブライ語を話していたわけではない。後天的に取得した言語で文学を書いたと言うこと。後天的に習った言語で文学作品を書く人は、リービ英雄とか、アゴタ・クリストフとかたくさんいると思うので、後天的に習得した言語で文学作品、というのはそれほど珍しいことではないのかもしれない。
復活した言語となると、語彙の豊富さとかそういうものはどうなるのだろうなあ、と思ったりする。聖書に載っている言葉から持ってきた言葉が8割を占めているらしい(その他は聖書の時代には存在しなかった新しい物に対する言葉なのだろうか)。聖書に載っているボキャブラリーってなんだか偏りがありそうだけど(下ネタあたりはかなり難しそう!?)。その辺がどんな風に解決されているかわからないけれど、まあとりあえずノーベル賞なんて審査員が読むときは英語かなんかに翻訳されているんでしょうから、要は中身というかテーマなんでしょうけどね。
いやはや、言語が復活するってすごいね、というお話でした。
とにかく、最近はグローバリズムと言う名の下で英語がどんどん世界の共通語として広がっています。その反面消滅していこうとする、あるいは消滅してしまった少数言語もたくさんあります。
未来はどんどん言葉が減っていくだろうと言う予測もあります。日本語という世界で共通語や公用語としては余り使われない言語を母国語とする私は、こういった風景は少し苦々しい思いで見ていると思う。
言語と言うのは話す人が減っていってしまって、消滅してしまったらもう二度と復活はできないのではないか、というイメージを持っていたんですが、意外や意外実は復活させることが実はできるんだよ、と言うお話。
それは実はヘブライ語らしいのです!
ヘブライ語を調べてみると
(1) 聖書ヘブライ語
(2) ラビ・ヘブライ語
(3) 中世ヘブライ語
(4) 現代ヘブライ語
この4種類があるそうです。
こちらのページ参照
こっちのページを見るとさらに細かく分類してあります。
それで、要するにヘブライ語を話しているのはイスラエルの人です。イスラエルというのはユダヤ人が作った国です(パレスチナとの問題がどうとか、っていうのはちょっとここでは置いておきます)。
ユダヤ人というのは紀元70年にローマに国を滅ぼされてから、1948年にイスラエルが建国されるまで世界中に散らばって生きてきたわけですよね。散り散りになったあとは、その住み着いた先の言語を話すようになり、ヘブライ語自体は口語としては失われてしまったんですね。
それを、イスラエルが再建されてから公用語は何にする?という議論が出てロシア語を話すユダヤ人はたくさんいるからロシア語にしたら、とか英語がいいんじゃないの?とか色々話は出たそうなんですが、「ユダヤ人なんだからヘブライ語を話すべきだ」という人が現れた。
これがエリエゼル・ベン・ユダ*という学者さんらしいんですが、この人がそれを言い始め、聖書から言葉を集めて一人で辞書を作ったらしい。そして、自分の息子をヘブライ語で育て、この息子が2000年ぶりのヘブライ語を母国語とするユダヤ人となったそうです。いやー、すごい話ですね。例えばですよ、自分の子供を古典日本語で育てたらその子供はそれが母国語になるってことですよね。「いとおかしき、もののあはれなり」とかってしゃべる子供が出来上がるわけだ。ま、自分が古典日本語をそこまでしゃべれないから、それは無理か、、。でも、もしかなり使いこなせて堪能なら、そういう事も可能だということですよね???
*エリエゼル・ベン・イェフダーと書いてあるのもある。
ちょっとにわかには信じがたいんだけど、事実だからこうしてヘブライ語講座とかヘブライ語入門の本が存在するわけですけど。
とはいえ、「一度滅んだ古代語が再び復活して実際に話されるようになったのは、歴史上このヘブライ語だけである。」とのこと。いやー、そうだよねえ。これはそんなに簡単な事ではないですよ。
こんな話があるなら失われた言葉を復活させることは可能なのではないか、と思えてきますね。ただし、ヘブライ語が現代ヘブライ語として復活できたためにはいくつかの条件があったでしょう。まず、口語として失われたあとも、ユダヤ教の儀式などのために言葉が残っていた。それが使われていたと言うのはあるでしょう。
それから、何よりもイスラエル建国のためにはヘブライ語が必要だ、という強い意志がなければここまで復活はさせられなかったでしょう。
なにしろ、いくら昔住んでたことがあるからと言っても、すでにパレスチナ人が住んでいるところに分け入って、ここにこれから住むから、と言って事を進めるにはそれなりの意思が必要ですよ。そういう意味ではヘブライ語というのがイスラエル建国の象徴と言えるかもしれない。
それから、「古代のヘブライ語とは文法的に異なりますが、単語は聖書から引いているため現代ヘブライ語の8割は旧約聖書に登場する単語です。」ということで、文法は古代のヘブライ語とは違うようです。意味の分かる人には、話しているとなんとなく、クラシカルな趣のある言語なんだろうか。どんな風に違っているのかなんだか気になるなあ。で、ちょっと現時点ではどんな風に違うのかちょっと調べ切れていません。
とにかく、ヘブライ語の例を見る限り滅びた言語が復活するというのは並々ならぬことであるし、普通は難しいだろうなあ、と言うことがとてもよくわかります。ヘブライ語の復活を見ても言語の盛衰は政治とは切り離せないというのもますます実感する。やはり文化的価値だけで言語を保っていくのは難しいんでしょうかね。もし、言語が滅びなくてすむ方法が政治力や国力だけなら、それほど残念なことはないんですけど。。。
ノーベル賞も取っちゃったらしい
そして、なんと復活したヘブライ語で文学を書いて、ノーベル文学賞を取った人までいるらしい。この人もプロフィールを見ると、生まれたときはヘブライ語を話していたわけではない。後天的に取得した言語で文学を書いたと言うこと。後天的に習った言語で文学作品を書く人は、リービ英雄とか、アゴタ・クリストフとかたくさんいると思うので、後天的に習得した言語で文学作品、というのはそれほど珍しいことではないのかもしれない。
復活した言語となると、語彙の豊富さとかそういうものはどうなるのだろうなあ、と思ったりする。聖書に載っている言葉から持ってきた言葉が8割を占めているらしい(その他は聖書の時代には存在しなかった新しい物に対する言葉なのだろうか)。聖書に載っているボキャブラリーってなんだか偏りがありそうだけど(下ネタあたりはかなり難しそう!?)。その辺がどんな風に解決されているかわからないけれど、まあとりあえずノーベル賞なんて審査員が読むときは英語かなんかに翻訳されているんでしょうから、要は中身というかテーマなんでしょうけどね。
いやはや、言語が復活するってすごいね、というお話でした。