既成概念からの解放

情報のかたち

マスメディアの捏造や偏向報道がひどいといわれる風潮。
それに対して、ネットはマスメディアが流さない情報が手に入るからよい、という側面もある。

情報の信頼性という点で見ると、またそれはそれで。
すくなくともAというネット上の情報に納得できなかったら
いろいろ自分で探して考えてネット上のBという情報を参考にしたり、賛同したりということはできるので 少なくとも信頼性はさておき選択の自由はあるかも

まあ、それで感じたのは
やっぱり何かが現象が浮かび上がってくるんだけど、
ネットからでもマスコミからでもいいんだけど、
やっぱり一枚岩ではないんだよなあ、ということを
今更ながら気づく。

一枚岩にはもともとなりやすい。
その方が姿としては単純化されているし、理解しやすいから。

ここのところが私は馬鹿で今まであまりわかってなかったんだけど、
単純化というのは
(1)エッセンスを抽出する方向の単純化
(2)一枚岩ではない事象をある姿に見えるように整形する
という2種類は少なくともあるんだなあ、と。

(1)は、じゃあ、エッセンスって本当に常にシンプルな形で存在するものなの?ということはまだ私にはよくわからないんだけど。

(1)と(2)は見た目がわかりやすいから、混同しやすいのかも。少なくとも私に関していうと、よくわからないときは、この区別が付けられないときがあると思った。

 

 

ホピ族にまつわるいくつかの考察

ホピ族では、さまざまな予言やその他の言い伝えはすべて口伝で残してきたのだそうです。

口伝と言霊

そしてネイティブインディアンは文字を持ちません。

ホピ族では、話をするときの息を非常に重要に考えていたそうです。そこに精霊が宿ると考えていたようです。文字にするとその力が薄れてしまうということのようです。

日本にも同じような考え方があって、それは言霊という言葉で表されます。漢字が日本に入ってきてからこの感覚は薄れていったのかもしれませんが。サンスクリット語のマントラなどもそうですが、明らかに言葉の音に何かの力を見い出していた人たちが世界のあちこちに存在します。

さて、このことを脳科学の観点から考えるとどうなんだろう、というのがとても興味のあるところです。
(とはいえ、別に何かそれについて知識がある訳ではないのですが。。。)
ある話を知るときに文字のみで知る場合と、誰かの言葉から知る場合とでは脳にどのような刺激の違いがあるのでしょう。
そして、言葉で語られるとき、その言葉は言葉そのものを聴覚から取り入れるのと同時に、その場にいる状況、一緒にいる人、場所の様子、その日の天気などがセットで脳の中に入ってくるはずです。

刺激の量としては明らかに文字のみから受けるものとは違ってくるだろうというのはなんとなく感じます。
(精霊が宿っているかどうかは私にはわかりませんが。)

何か腹に落ちるようにその情報を伝えたいとしたら
文字でなく口伝でというのはある程度考えられることかもしれません。

口伝の場合の予想される刺激
・聴覚よりの刺激
・視覚よりの刺激
 (話している人の表情、身振り、仕草、服装)
(・)嗅覚よりの刺激
その場に食べ物飲み物その他の嗅覚を刺激するものがあれば

なぜ人はかわいいと感じるのか

知り合いの編集者とカチーナ人形の
写真を見ていたら
「これかわいいいよねー。なんかの表紙に使えないかなあ」
と言っていた。

そう、「かわいい」と感じるんですよね。
これは万人の感覚なのか。

果たしてホピ族の人がそう思っていたかどうかは分からないけど
たぶん世界の多くの人はそう感じるのではないか、と思った。

だとしたら、どうしてそう感じるのだろうか。

・顔の造形がこどもの目鼻口のプロポーションに近いから?
・手足の造形が素朴だから?
・模様の表現がシンプル(でもないけど写実的ではないという意味で)だからかな?

ちょっとメモしておきます。

【関連記事】
ホピ族の映画を見てきた [2006年12月09日(土)]


 

 

アーノルド・ミンデルの本メモ書き

「紛争の心理学」メモ書き

P109
「たとえば、ある男性が女性たちの苦悩を不注意にも周縁化することは、自分の感情を抑圧することでもある。長い間鈍感でいれば、自分を機械のように扱うことで人生を縮めてしまうだろう。」

周縁化という言葉はミンデルのプロセス指向心理学ではキーワードです。
要するに関心を向けずに意識のすみへ追いやってしまうと言うことです。
人の気持ちに関心を向けずに、正論をぶったり、取るに足らないと考える人は、自分の中にあるそういう気持ちにも関心を向けないということなんだなー、と思いました。それは色々人を見ていて感じるし、自分にもそういうところが当然あるんだなあ,と感じるのです。

P111
「非主流派の個人を無思慮に迫害することによって、主流派の人々は自分自身を心理的に迫害することになる。」

「シャーマンズボディ」メモ書き

P25-26
「あなたは、自分の身体が自分の意思に添わないときには、それを病気だと考えるだろう。身体が夢を見ようとしていて、あなたの意思を超えた動きを創りだし、メッセージを伝えようとしているとは考えないのだ。」

この考えに一番はっとさせられました。自分は今まで病気だと思っていてそれを克服するために頑張っていました。そして、私は自分の症状のメッセージをそれから理解できたような気がします。これからどうなるかは分かりませんけど。

P27
「夢はこれから起ころうとしている身体経験のスナップ写真であり、逆に身体経験は夢を反映する。」

P42
「プロセス指向心理学は、自己成長につれて単に行動の変化が起こるのではなく、自覚の範囲が広がっていくと考えている。成熟とは、自分のアイデンティティを支えるような出来事と、自分の人生から排除された邪魔な出来事-普段は注意を払うことのない側面-の両方に対して、同じように自覚を向けることができるようになることを意味する。 」

P67
「あなたが病気になったとき、身体が自分のまだ知らない夢を浮上させようとしていると理解することを意味する。人間関係の葛藤、事故、そして世界の問題とは、自分にとって同意できない出来事が起こっているにすぎない。」

まあ、とにかく私はこの紛争の心理学については非常に革命的な本だと思っています。なんていうかね、私だって戦争は反対だし、パレスチナや北朝鮮の問題はなくなればいいのに、と思っている。でも、それをなくす方法としてイスラエルを糾弾したり金正日体制を批判すれば済む話なのかと言ったら、やはりそれだけじゃ不十分な気がする。京都議定書を無視して暴走するアメリカなども、同様。ほんとうに一回国連安全保障会議みたいなところに一回ミンデルさんを呼んで、ワークをしてみたらどうだろうかと思う。 確かにユダヤを支援する企業の製品の不買運動みたいなのも意味があると思うけど、私は非常にアーノルド・ミンデルのやり方に共感というか大きな可能性を感じる。それぞれの専門家が色々な研究をしているけれども、そういうのを全て包括できるのがワールドワークなのではないか、と思うのです。



アーノルド・ミンデルの本を読んでいます。

アーノルド・ミンデルの本を読んでいます。 いやー、なんていうか、最近はいろいろと調子も悪くて疲れていて何もする気になれず、未来への展望もなく、もちろん何かしたくても具合が悪くて何もできないので、気分も沈みがちなのですが、唯一私に希望を与えてくれるのがアーノルド・ミンデルの本です。なんていうか、やはり人徳があると言うか、そこらへんの心理学とかサイコロジー系の本と一線を画しているなあ、なんて思ってしまう。

よく困ってる人に「あとでこのことが良かったと思える時が来る」って言うのあると思うんですが、あれって私は言われて嬉しかったためしがない。それどころか、私のような問題を抱えてそうもない人に言われると「お前に言われたくない」とか思っちゃう。前に母親に「これからよ。これから。」とか言われた時は、本人は励まそうと思って言ってるのかもしれませんが「あんたに言われたくないよ!」って思っちゃいました(これは悪口じゃないですよ。ちゃんと本人にそう言いましたから。そうしたら「そうかしらねえ」みたいなリアクションをしていました。)。
しかし、ミンデルがこの言葉を言う時は、ただ言うんじゃなくて色々とどうしてそうなるのかというのが書かれていて,ミンデルさん、あなたはこんなに長年不眠症を患ったことないくせに良く言うよね、というセリフが全然出てこないような文章なのですよね。なんだろうねえ。説得力かなあ。それだけではないと思うのだけど。

なんかそれは一つの例に過ぎないんだけど、なんというか人を見るまなざしが優しいとか慈愛に満ちているとかそういうのだけではない、深い叡智のようなものを感じます。でも、宗教指導者と違って「信じなさい、そうすればあなたは真実に出会える(←すいません。文は適当に作りました)」とかって感じじゃなくて、ある程度理屈で説明するんだけど、それが単なる理屈って言うのじゃなくてね、なんていうか。まあ、とにかく本質に近いところをスムーズになぞりながら説明しているような気がします。

私はアーノルド・ミンデルにも機会があれば会いに行きたいなあ、と思いました。アメリカのポートランドというところで主に活動しているらしいですが。できればミンデルが主催するなんとかワークみたいなイベントがあれば行ってみたい。しかし日本にはなかなかこないらしいから、どこかへ出向くしかないのかな。

なんというか、本質のところに上手にアクセスする作家が大好きなんですが、私にとっては青山圭秀木村剛の著作はそんな範疇だったのですが、ミンデルもそうだなあ、と思った。

それで、ミンデルの本を読んでいて何に安心するかというと西洋文明以外での、世界との繋がる方法(シャーマニズムとかアミニズムとか)で世の中はやっていっていいんだよ、っていうのが一応西洋文明化された視点で書かれているところだろうか。とにかく、自然を壊したり、売り上げを上げるためには何でもやったり(そうしないと経済活動じゃないからという理由だけで)っていうことじゃない方法でいいんだよ、っていうのがわかるのが嬉しい。そういう事を言っている人たちはほかにも沢山いますが、単なるスピリチュアル系だと私にはいまいちアピールしなくて(どうしてかというと自分がスピリチュアル系には落ちこぼれだから)、ある程度科学的に語ってもらえると安心するみたい。

私たちは科学技術とかがすごいと思っているけど、長い長い歴史の中では本当にまだ新しいものなんだな、ということを実感する。そして、私たちが失ってしまった色々な感覚や能力のことを。

それでね!アーノルド・ミンデルって実は外見もすごいかっこいいんですよ!
アーノルド・ミンデルのウェブサイトはこちらなのですが http://www.aamindell.net/ この写真が初めてみたものなのですが、なんだかいかにも学者でちょっと火星人みたいな感じ、っていう印象でしたが。
こう言う風に探すと色々出てくるのですが、なんといっても一番かっこいいのはこの写真でしょう!
って最後は下世話に終わってしまいましたとさ。。。

プロセス指向心理学、何をやればいいかなんとなくわかった [2005年05月29日(日)]
http://blog.drecom.jp/hiroette/archive/1075


 

悩んでいる人に言わないで欲しい言葉

世の中、みんな色々なことをそれぞれ悩んでいますよね。そういう時に本当にこれは言って欲しくないって言葉がありますよね。言っている人もなかなか自覚できていない場合がほとんどなのでなお難しいのですが、とりあえずこれは本当に言ってほしくないというのを書いておきます

「お前だけが悩んでいるんじゃないんだ。ほかにもっと辛い悩みを持っている人がいるんだ(=だから我慢しろ。あるいは、そんな些細なことで悩むな)」

これは本当に困りますね。でも、意外にこのセリフを言う人多いです。私も含めて(自戒の念を込めて。。)。悩みと言うのは本人の主観的なことなので、第三者から見れば大した悩みに見えなくても、本人に取っては重大な悩みだったりするわけです。そして、人生経験の不足からそういう状況に陥っていて、人生経験を積んだ方からすると得てして上記のような言葉を言い放ってしまいたくもなる場合もあるでしょう。でも、それはちょっと違うな、と思います。

まあ、しかし、ちょっと悩み事を言ったら上記のセリフを真っ先に吐く人には二度とそういう話はしないからいいんですけどね(笑)。

私はもし相手がそう言ってきたら「じゃあ、北朝鮮の人に比べたら日本人で悩みを持っていい人はいないってことになりますね」と言いたくなります。そして、当然上記のセリフを言った人もそう言った以上北朝鮮の人がいる限り悩みは持ってはいけないことになりますからね。って、引き合いに出してしまってごめんなさいね。<北朝鮮の方々
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