2005年04月

お庭でブログを書いてみた

せっかく春になったし、今日は暖かくて晴れていたので、お庭で過ごしてみました。
やっと私もこんな事ができるようになってきたのでしょうか。

風もほどよく吹いていてとても良い気候です。

でも、花粉症なんだな、、、私は。

今日は快晴。こんな空を見上げられるようになる日が来るとは思わなかった。
こんな些細なこともできずに過ごしてきた日々でした。
健やかに生きられるありがたさをしみじみと感じます。

ローマ法王がなくなった

かなり容態が悪かったと言うローマ法王がとうとう亡くなったと言うニュースが。
ご冥福をお祈りします。
Yahooのニュースを見ていたら、ローマ法王ヨハネパウロ二世のプロフィールなどが書いてあったのですが、1981年に狙撃されるんですね。それで、最近はそれがKGBの指示でブルガリアの機関が協力してどうとかこうとかっていう記事もありましたね。で、本当はこの時にローマ法王は暗殺されていたのかもしれないけど、聖母マリアの手が弾丸をそらし法王は重症で済んだので、ヨハネパウロ二世はとりわけ聖母マリアを信仰していたと言うことでした。

でも、「後任の新法王は「コンクラーベ」と呼ばれる、枢機卿会の選挙で選出される。」そうですが、そうか色々な駆け引きをしながら次の法王の座を狙うのはさぞかし「根比べ」のエネルギーが必要なのかなあ、などと思った人は私だけではないはずです(あ、あんまりふさけちゃいけないか。しかし語源が気になるコンクラーベ。)。

そのあとの後継争いを見ても候補に挙がる方々が南米の人とかアフリカの人とかとにかくグローバル。改めてバチカン法王庁というのはカトリックの総本山で、とても国際機関な所なのだなあ、と感じる。それだけに色々な権力の集積と思惑もすごいんだろう。

それで、このヨハネパウロ二世がなくなって報道ではこの法王の生前の活動を讃えたり紹介したりする記事が相次いでいますね(そう、死なないと褒めてもらえないのよ。生きているうちは批判されるばっかりでねえ。)。私がこの法王の功績で一番好きなのは第二バチカン公会議の成果を引き継いで活動したって事でしょうか。第二バチカン公会議については、なんかグーグルで調べてもしちめんどくさい文書しか引っかからないのですが、要は「どの宗教も尊重しようね」というものです。自分とこじゃない宗教は異端だから攻撃するとかそういうのはやめようね、と言うものです。

聖母マリアを目撃したファティマの預言ではその第三の預言が法王暗殺だったということも2000年に発表されたりして、とにかくやっぱりカトリックはなんだかすごいんだなあと思います。ちなみにファティマで聖母マリアが目撃されたのは1917年ですが、その時目撃した3人の子供のうちの1人のルチアさんも97歳で今年の2月13日に亡くなったそうです。この方が聖母マリアを目撃した最後の人だと言われているようです。

なーんて知ったかぶって色々書いてしまいましたが、私は別にカトリック信者ではありません。まあ、好み的に言うとカトリックはマリア様を否定していないのでプロテスタントよりは好きかなあ、という程度でして。
と言うことで、これからまたバチカン法王庁がどうなっていくのか分かりませんが、とにかくこのどの宗教も尊重するという方針を引き続きやっていってほしいなあと思います。それは、ほかの宗教も同様なのですけど。

去年は宗教と言うことについて改めて考える機会が幾度となくあった年でした。私なりの宗教についての解釈っていうのもなんとなく持つようになりました。感じていることとしては、どの宗教についても(金集めのインチキ新興宗教は別ね)結局言っていることは同じなんだな、と言うこと。でも、その表現とか字面にこだわると色々な相容れない違いが出てきて争いの元になってしまうのだろうなあ、と言うこと。

とは言え、やはりカトリックの奇跡はやっぱりすげーと思います。一応、何か奇跡っぽいことが起こったらちゃんと調査して認定する基準みたいなのもあるんだよね。そこら辺はすごい。日本の神道とか仏教ではそこまで客観的な基準とかは持っていないのではないかと思います。その辺が西洋人らしいというか、やはりある意味説得力なのかもしれないです(お上の御墨付きに弱いと言われたらそれまでですが)。

個人的にはバチカンのサン・ピエトロ寺院も好きです。そしてバチカン美術館の「音楽を奏でる天使」が一番お気に入りです。

ちなみにヨハネパウロ二世ってフランス語ではJean paul 2って言うんですよ。読み方はジャンポールドゥですよ。全然印象違いますよねえ。英語ではジョンポールトゥーになるんでしょうか。ジャンポールドゥってゴルチエの関係者かと思ってしまいますよ。あ、またふざけたこと書いてしまってすみません。っていうか、常々思っていたことだったのですが、書く機会がなかったのでちょっと書いてしまいました。

【関連記事】
http://blog.drecom.jp/hiroette/archive/833
聖人は遺体が腐らないらしい - 聖地ルルドと聖ベルナデッタ - [2004年07月28日(水)]</リンク

ちょっと嬉しかったこと

自分のブログにメンタル系の話を書いている。完全なる匿名ブログならまだしも、ある程度誰が書いているかということがわかっているブログにおいてこういう話題を書くのは勇気が要る。しかも、自分のことだけならいいが、そういう現象を引き起こす因果関係などで影響を及ぼした可能性のある人たちがこの世に存在している時点で私以外の人へのプライバシーの抵触にもなってしまうかも知れないし、とにかく非常にデリケートな話題ではあります。

とは言え、最近思うのは結局こういう問題を抱えたことのない人にとっては、こういう話はいくら書いてもやはり理解は難しいので、あまりそういった心配はしなくてもいいのかも、と最近は思ったりするのである。そういう問題を抱えたことのない人が、私のようなものにアドバイスをする時は非常に的外れなものになり自分に取っては本当に辛い。私が不眠症で眠れないことを訴えていた時は「そんなものはその辺を一周しては走ってくれば体が疲れて眠れるんだ。要するに運動不足だ。」とかそういう的外れなコメントを言われたりした。

まあ、そういう恨み節はさておき、嬉しいのが同じ悩みを抱えている人たちが私にコンタクトを取ってきてくれると言うことである。そういう時は、私の書いていることが伝わる人たちがいるというのが分かって嬉しい。こういう悩みは人によって状況も内容も千差万別でさまざまなのだけど、そういう問題を抱えているということは共通しているので、共感はしてもらいやすいと思う。

ふだんは余り理解してもらえない人たちが多い環境で過ごしていると、こういうやりとりがちょっとほっとできることがある。もちろん、そこで傷をなめあう会話をするわけではない。どの人も、それを改善しようとして試行錯誤している。なんていうか、よく分からないけど、とにかく理解してもらえないということでかなり私は緊張感を持ってしまうので、そういうことをしなくて済むのである意味ほっとするのだうと思う。なんというか、いつもメンタリティの全く異なる外国人に囲まれて生活しているところにふと日本人と出会ってほっとするって感覚でしょうか。

だから、たぶん、このテーマはまた引き続き書いていくと思います。

だからといって、私自身はこういう領域に深く入って、そういった職業に従事したいとまでは思わないタイプみたいですね。でも、一人でも苦しんでいる人が減ってほしいというのは切に思う。自分がなにかそのためにできることがあるのかどうか分からないが、今のところはなかなか表に出にくい話題を表にするだけでも意味があるかなあと思ったりはする。

郵政民営化と郵貯

ひさしぶりにキムタケさんのKfiClubのイベントに行ってきました。そこで聞いた話で印象に残った話を一つ。
それで、私も年金のことは以前に比べれば比較的色々なことがわかるようになったのですが、その他の分野については依然としてなかなかまだまだなんです。いろいろ最近話題になっている郵政民営化についても同様です。そこで、郵政民営化についてのこんな説明を聞いてなるほどーと納得しました。

というのは、郵貯っていうのは一応ほかの金融商品に比べたら簡単で安全性の高い堅実なものだっていうことになっているから世の中の人たちが色々と利用しているのですが、結局郵貯で集められたお金は国債などを買って運用されているわけなので、実情が見えにくい。だから民営化されたら郵貯というのは個人国債を買うところとシンプルにすればいいんじゃないの?というお話でした。

郵貯で集められたお金がそのあとどうなっているか分からないから、堅実な商品=郵貯ってうイメージだからみんな郵貯を使うのであって、それが個人国債を買うってことなんだってはっきりわかったら、それはやっぱり人々の行動は変わるんだろうなあとは思うんですが。いや、このカラクリは別に国は隠れてやっているわけではない。調べようと思えば調べることができる程度の事実ですが、郵便局に行って郵貯のポスターにはっきりそう書いてあるわけじゃないから、何も知らない人はやっぱりそういう事は知らないままになってしまいますよね。

実際、私だったらやっぱり「国債買いましょう!」って言われたら、お金の運用のド素人としてはちょっと債券ってところでもう既に「なんか恐そう。。。」って二の足を踏んでしまうでしょう。安全で簡単な郵貯愛好家の人だったらなおさらだと思います。しかも、こんだけ借金がたくさんあるよ、って最近は話題に上ることも多い国債が(イメージ的なレベルで言ったら)郵貯と比べて堅実な金融商品だって感じはぜんぜんしませんし。

まあ、なんていうか、世の中と言うところは目に見えるところと実質の正体が結構違うものが沢山あって、その実質を知らないままに暮らしているのと、そういう事を知りながら暮らしていくのでは全然認識って変わってくるよなあ、というのをしみじみ思ったのでした。
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